世界は二度の世界大戦を経て、経済成長を続けてきました。人々の暮らしが豊かになってきた一方で、世界の労働市場にはまだまだ解決すべき課題がたくさんあります。仕事をしていてもなかなか暮らしが楽にならない人や、仕事をしたくても仕事を見つけられない人も多くいるのが現状です。
これらの雇用や就労に関する課題を解決しようと、国連はSDGs17の目標の一つに「働きがいも経済成長も」を掲げています。今回はこの目標についての背景や現状と、具体的にどんな取り組みが行われているかをご紹介します。
SDGs目標8「働きがいも経済成長も」とは?
目標8の全文は、「すべての人々のための持続的、包摂(ほうせつ)的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワークを推進する」です。包摂的とは、社会的に弱い立場の人々を含む全ての人を、社会の一員として取り込むことを言います。また、ディーセント・ワークは働きがいのある人間らしい仕事と訳されます。
なぜ今世界で「働きがいも経済成長も」を目指す必要があるのか、国連広報局が作成した日本語版のプレゼンテーション資料がとても分かりやすいのでご紹介します。
世界人口の約半数は1日約2ドル相当の所得で生活しています。また、仕事があっても貧困から脱出できるとは限らない場所があまりにも多くなっています。改善はとてもゆるやかで不均等でしかありません。貧困根絶のためには経済・社会政策の見直しと改革が迫られています。
ディーセント・ワークの機会の欠如、不十分な投資、過少消費が続いていることで、すべての人が進歩を分かち合わねばならないという、民主主義社会の根底をなす基本的な社会契約が形骸化しています。2015年以降も、ほとんどすべての経済にとって、質の高い雇用の創出は大きな課題となるでしょう。
持続可能な経済成長を実現するためには、すべての人が環境を損なうことなく、経済を活性化できる質の高い雇用を得られるための状況を社会が整備する必要があります。また、現役世代全体に雇用の機会と適正な労働条件を提供することも必要です。
世界の経済活動は一人ひとりの労働から成り立っています。しかし、すべての働くことができる人が適切な環境で労働ができているとは現状ではいいがたく、この点を改善していかないと雇用の不平等により経済が持続的に成長していくことは難しいと考えられています。
働きがいとは
働きがいには報酬や福利厚生、環境といった労働条件と、仕事に対する満足度や楽しさといった心理的要素が関係します。明確な条件に基づいた「働きやすさ」と、数字では表せない「やりがい」のどちらに重きを置くかは人それぞれですが、両方のバランスを保つことが大切です。
「働きがいも経済成長も」が目標となっている背景
なぜ「働きがいも経済成長も」がSDGsの目標になっているのか大枠は見えてきました。ここからは具体的なデータに目を向けてみましょう。
世界の労働市場問題
児童労働
ILO(国際労働機関)のデータ(*1)によると、2016年時点で世界中で推定1億5200万人の子供たち(5-17歳)が働かされています。
そのうち約半数の7300万人は、建設・解体現場や坑内、有毒ガスや放射線が発生する場所での作業など、危険で人体に有害な労働を強いられています。
このような子供たちのほとんどは、貧困によって十分な教育を受けることができず、そのため大人になってからも貧困から抜け出すのが難しい状況です。児童労働は出口の見えない貧困連鎖のスタート地点とも言えます。
*1:ILO – 児童労働
男女不平等
ILOが2018年に刊行した『世界の雇用及び社会の見通し・女性動向編』によると、2018年時点で女性の労働力率(生産年齢人口のうち、労働する能力と意思を持つ人口)の世界平均は男性より26.5ポイントも低い、48.5%にとどまっています。さらに失業率は女性の方が高く、男性就業者10人当たり女性は6人しか就業できていないという結果が出ています。
また、報告書には労働の質の点でも大きな男女間格差があることが記されています。たとえば、家族経営の事業に従事する労働者は、書面による契約もなく、労働法にのっとった働き方が守られない脆弱な就業条件下にある場合が多いとされています。特に途上国では女性がこうした就業形態の下で働く割合が高く、男性が20%なのに対し女性は42%となっています。
参照:WORLD EMPLYMENT SOCIAL OUTLOOK
こちらの記事もチェック:男女格差の現状。日本のジェンダーギャップ指数120位についても
労働需給のミスマッチ
ILOの最新の『世界の雇用及び社会の見通し:動向編2020年版』によると、2019年の世界の失業率は 5.4%で、1億8800万人以上いることが分かっています。
同時に、失業者にはカウントされない未活用労働力の問題も指摘されています。
より長い時間働くことを希望している就業者数は1億6500万人、働くことはできるが職探しをしていない人々と、職探しをしているが現在は仕事に就くことができない人々が1億2000万人ほど存在します。これらを合わせると世界で5億人に近い労働力が十分に活用されていないことが見えてきました。
日本の労働市場問題
第二次世界大戦後の日本は高度経済成長期を迎え、しばらくGNP(国民総生産)はアメリカに次いで世界第二位となっていました。しかし、終身雇用や年功賃金に基づく流動性の少ない日本の雇用文化は多くの課題を抱えており、現在は中国に抜かれ第三位となっています。さらには人口減少や労働生産性の低さ、ジェンダー・ギャップによる雇用機会の損失といった問題も浮き彫りになってきています。
OECD(経済協力開発機構)が発表した労働市場のパフォーマンスに関する指標によると、日本は仕事の量(就業率/失業率/不稼働労働)は各国平均を上回っています。一方で仕事の質に関しては他国に比べて低い水準で、収入の質は平均を下回り、仕事上の重荷という指標は平均を上回っています。
また、低所得者の割合および労働所得のジェンダー・ギャップの指標ではOECD加盟国のうち最低水準で、低賃金の非正規雇用が女性に集中していることも分かります。3月31日に発表された世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダーギャップ指数(男女平等指数)」では、日本は調査対象156ヵ国中120位となっており、労働市場における男女格差の大きさが露呈されました。
参照:Global Gender Gap Report 2021
「働きがいも経済成長も」の現状
SDGsの2020年度の報告(*2)では、新型コロナウィルスの発生・感染防止対策による経済の停滞を受けて、世界は大恐慌以来最悪の景気後退に直面しているとの警鐘が鳴らされています。
2020年の一人当たりのGDPは4.2%減少する見込みで、2020年第2四半期で4億人相当の仕事が失われる可能性があると指摘されています。また、インフォーマル経済(法的規制や社会保護が欠落した状態で働く労働者や経済そのもののこと)で働く16億人の労働者が生計手段を失う恐れがあると懸念されています。
各国がSDGsの目標8の達成に尽力する中、コロナ禍による世界経済停滞の影響は深刻です。本来保護されるべき社会的弱者が、さらに追い込まれるという抜き差しならない状況となっています。
「働きがいも経済成長も」に取り組む企業
日本では2013年に「ブラック企業」が流行語大賞になり、不当な労働環境に対する議論が活発化しました。その後2015年のSDGs目標8を受けて、政府や厚生労働省、経団連などが「働き方改革」を推進していますが、どうしても労働条件ばかりに焦点があてられがちです。
ここでは、「働きがい」と「企業利益」の両立を推進している企業の取り組み事例を紹介します。
シスコシステムズ合同会社
Great Place to Work® Institute Japan(株式会社働きがいのある会社研究所)は2007年から毎年、日本における「働きがいのある会社」ランキングを発表しています。2018年版の日本国内「働きがいのある会社」大規模部門(従業員1,000名以上)において第一位を受賞したのがシスコシステムズ合同会社です。約20年間に渡り「働き方改革」の試行錯誤を繰り返してきた先駆企業です。
シスコはABW(Activity Based working)という考え方を取り入れており、社員の誰もがシスコのテクノロジーを用いてどこからでも仕事ができるように環境を整えています。最も自分に適した働き方を選択でき、その柔軟性によって社員一人ひとりの生産性を高めています。
さらに、育児休暇からの職場復帰率は100%。会社に対する社員の満足度も90%と高い数字を出しており、自社で蓄積されたノウハウを活かして日本の働き方改革に貢献しています。
P&Gジャパン合同会社
就職・転職のための企業リサーチサイトOpenWorkが発表している「働きがいのある企業ランキング2021」でトップに選ばれたのがP&Gジャパン合同会社です。
「Everyone valued. Everyone included. Everyone performing at their peak」がP&Gのモットー。多様性を受け入れ活用することで、最大限の能力が発揮できるとしています。
ダイバーシティー&インクルージョン(D&I)が働きがいのある組織づくりのベースになっており、性別や国籍を問わず一人ひとりの多様性を尊重し、それを企業内で受容・活用することで成長してきました。
課長相当職の女性比率は民間平均1%に対してP&Gはなんと40%。部長相当職の女性比率は民間平均6%に対して21%、役員相当職の女性比率も民間1%に対して29%となっており、女性が活躍しやすい職場であることが伺えます。
また、コロナ禍で各企業が適応を迫られている在宅勤務制度も、P&Gでは20年前から先進的に導入していました。長年の経験をもとにした「P&G流生産性の高い在宅勤務のヒント」を社外に情報発信し、Withコロナ時代の持続可能なテレワークへの流れにも貢献しています。
株式会社セールスフォース
同じくOpenWorkの2021年版ランキングの第二位が株式会社セールスフォースです。
顧客管理(CRM)の世界的リーダーである会社の日本支社として、順調に成長を遂げています。信頼・カスタマーサクセス・イノベーション・平等という4つの価値を会社の核として掲げ、全社員に共通意識として浸透させることに力を入れています。
特に多様性に敬意を払い、平等の価値をサポートするのがセールスフォース独自の文化「Ohana」。平等の価値は従業員のあらゆる体験において考慮されるべき、という精神に基づいて、包括的なデータによる意思決定のアプローチを導入するなど、全社一丸となってこの価値を実現するための戦略を練っています。
特筆すべき取り組みの一つが、イクオリティグループ(マイノリティのコミュニティを支援する従業員主導の組織)への支援です。従業員は1年間に56時間をボランティアの時間として与えられ、この取り組みに費やした時間は労働時間としてみなされます。
他にも、社内で多数のリソースグループが作られており、従業員の半数が1つまたは複数の従業員リソースグループに所属しています。
会社は単なる仕事をする場ではなく、誰もが仲間として同僚に共感し、同僚から学び、同僚のために立ち上がることをセールスフォースは推奨しています。
Sales Force – あらゆる人が平等な社会をめざして
最後に
今回はSDGs8の目標がなぜ大切なのかを考えてきました。誰も取り残されない持続可能な経済成長と、労働可能な全ての人が働きがいのある仕事に就くことは密接な関係があります。その双方を実現できるように、世界中の人が協力しない限り雇用のアンバランスはなくなりません。
一人ひとりが働くことを喜び、労働によって得た価値で望む暮らしが実現できる社会。そんな世界に一歩ずつ近づいていけるよう、WEELSではこれからも「働きがいも経済成長も」に向けた世界の動きや、実践企業の事例などを紹介していきたいと思います。
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海外在住、潜って踊れるママさんライター。趣味は雑学収集で、得た知識をライティングに反映するWin-Winな循環が理想。