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インバウンド需要が蒸発した日本の観光業のこれからを考える〜サステナブルへの転換期を迎える今〜

訪日外国人観光を指す「インバウンド」という言葉がさかんにメディアで取り上げられるようになったのは2015年。アジア、特に中国からの観光客が商品を大量に買い込む様子を表した「爆買い」が流行語大賞を獲得した年です。

その後もインバウンド需要は右肩上がりに増え続け、ラグビーワールドカップが開催された2019年には訪日外国人数が過去最高の3188万人を達成。主要観光地以外の地方都市でも外国人観光客を見かけることが多くなり、経済成長、地方再生の鍵として、官も民も「観光対策=インバウンド対策」を積極的に推し進めました。

ところが、東京オリンピックを数カ月後に控えた2020年初頭、世界規模で発生した新型コロナウイルス感染症により人の移動が制限され、インバウンド需要は完全に蒸発。観光業界はこれまで経験したことのない厳しい状況に追い込まれています。

この記事では、インバウンド需要がどう増加していったか、2020年観光業界に何が起こったのかを振り返りつつ、日本の観光業はこれからどこへ向かうべきなのか考察してみたいと思います。

順調に増大していた訪日外国人旅行者

順調に増大していた訪日外国人旅行者

最初の東京オリンピックが開催された1964年、日本を訪れた外国人旅行者(訪日外国人)は年間で約35万人でした。それから30年かけて1994年には約10倍の347万人、次の10年後の2004年には2倍の613万人になりました。

日本の人口が減少局面に突入しつつあったこともあり、政府は訪日外国人旅行者の経済効果の重要性に着目。同2004年に第一回目の観光立国推進戦略会議が開催され、日本は国策としてのインバウンド拡大に舵を切ります。

観光庁 令和2年度観光白書

それ以降、SARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した2003年、リーマンショックの翌年の2009年、東日本大震災のあった2011年は前年比を下回ったものの、訪日外国人数は順調に右肩上がりの成長を続け、835万人に達した2008年には国土交通省の外局として観光庁が発足。2020年に訪日外国人数2000万人を目標にするインバウンド中長期的戦略が策定されました。

官民一丸となってインバウンド需要の拡大に努力した結果、訪日外国人数は戦略策定の5年後の2013年に目標の半分である1,000万人を突破。2016年には目標を4年前倒しするかたちで、2000万人を超える2403万人となりました。

その後も順調に右肩上がりを続けた訪日外国人数は、2019年には国連世界観光機関(UNWTO)の来日外客数ランキングで世界で12位となる3188万人を記録。東京でオリンピックが開催される2020年には4000万人突破とトップ10入りも夢ではないと、政府・自治体・観光関係者は誰もが期待を膨らませていたのです。

参考: 日本政府観光局(JNTO)

観光庁 令和2年度観光白書

新型コロナウイルスによるインバウンド需要の蒸発

新型コロナウイルスによるインバウンド需要の蒸発

2020年1月の訪日外国人数は2019年1月並みでスタート、前年同様順調に推移することを疑う人はいませんでした。

ところがその矢先、2019年末に中国武漢市から報告された原因不明の肺炎が世界各地に拡大し、コロナウイルスが原因であることが判明。世界保健機関(WHO:World Health Organization)は2020年1月30日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を、続いて3月11日にはこの肺炎を新型コロナウィルス感染症と命名、「パンデミック(世界的大流行)」を宣言しました。

各国が出入国の規制や国内での移動制限を設け、人の移動が停止する事態となったのです。

訪日外国人数もこの移動制限の影響を徐々に受け、2月は109万人、3月は一気に19万人に落ち込みました。そして3月19日に厚生労働省は感染防止を目的とした「水際対策」の強化を発表。全ての国または地域を出発し、航空機及び船舶に乗って日本に到着した人に厳しい入国制限を義務付けたため、外国からの観光目的での入国は実質ストップしました。

その結果、4月の訪日外国人数は0.3万人となり、インバウンド需要は完全に蒸発したのです。

コロナ禍で見えたインバウンド頼りの観光の脆さ

コロナ禍によるインバウンド需要の蒸発は、ここ数年間のインバウンド頼りの観光の脆さを浮き彫りにしています。数字で見ていきましょう。

(1)旅行取り扱い状況にみるインバウンド比率

(1)旅行取り扱い状況にみるインバウンド比率

日本の観光業がいかにインバウンド寄りにシフトしていったかは、観光庁が発表している主要旅行業者の旅行取扱状況年度総計に顕著に表れています。

2018年4月から2019年3月まで(対前年度比):

  • 海外旅行 5.0%増
  • 外国人旅行 12.9%増
  • 国内旅行 1.6%減
  • 総取扱額 1.6%増

2019年4月から2020年3月まで(対前年度比):

  • 海外旅行 10.0%減
  • 外国人旅行 4.9%増
  • 国内旅行 8.3%減
  • 総取扱額 8.4%減

ご覧の通り、コロナ禍発生の2020年までの過去2年間、外国人旅行=インバウンドの取扱額の増加が他のジャンルに比べて突出しています。

この膨んだインバウンド需要が一気に蒸発したことにより、2020年はインバウンド業界で「新型コロナ関連倒産」が相次ぎました。なかでも宿泊業の倒産は前年比1.8倍の127件、2020年の業種別倒産件数のうち46.6%と最も高い比率を占めました。

(2)都道府県の旅行消費額に占めるインバウンド率

(2)都道府県の旅行消費額に占めるインバウンド率

冒頭でも述べましたが2019年の訪日外国人数は3,188万人、その旅行消費額は4兆8千億円でした。これは日本のGDPの0.7%に相当する金額です。経済産業省は昨年8月に、2020年度の訪日外国人旅行消費を9割喪失するとすれば、GDPの0.8%が損失するとの試算を発表しました。

インバウンド消費が失われた場合、特に影響を受けるのはインバウンド観光に頼る比率が大きい都道府県です。

参照 経済産業省 感染症によるインバウンド需要蒸発の影響は、地域ごとにどう異なるのか?

訪日外国人旅行消費額が、国内の旅行消費額全体に占める割合(インバウンド率)が高いのは、近畿、関東、沖縄、北海道。特に近畿では、年間旅行消費額の3割程度の消費が失われるとの試算が出ています。

これまでインバウンド消費の恩恵を預かっていた大都市や人気の観光地を要する都道府県ほど、痛手が大きいと予想されます。

参考: 経済産業省 感染症によるインバウンド需要蒸発の影響は、地域ごとにどう異なるのか?

日本国内の旅行消費額の約8割は日本人の国内旅行

8割は日本人の国内旅行

参照 観光庁 令和2年度観光白書

2019年の日本国内旅行消費額は21.9兆円、訪日外国人消費額の4.8兆円の占める割合は21%です。

ここまでインバウンドを重点的に見てきましたが、実際のところ、国内旅行消費額の約8割は日本人の国内旅行で占められています。この日本人の国内旅行はコロナ禍でどう変わったのでしょうか。

コロナ禍が発生した後の2020年4月から2021年3月までの主要旅行業者の旅行取扱状況年度総計をみると、海外旅行、外国人旅行に比べて、国内旅行の減少率が少ない点に目がいきます。

  • 海外旅行 97.7%減
  • 外国人旅行 96.0%減
  • 国内旅行 63.1%減
  • 総取扱額 78.4%減

これは国内旅行については、「GoToトラベルキャンペーン」の後押しで、コロナ禍の影響が多少抑えられたことが要因とみられます。

参考: 観光庁 令和2年度観光白書

   観光庁 令和2年度主要旅行業者の旅行取扱状況年度総計

GoToトラベルキャンペーンから見えた根強い国内旅行人気

GoToトラベルキャンペーンから見えた根強い国内旅行人気

新型コロナウィルス感染症の拡大により落ち込んだ国内旅行需要を喚起すべく、「GoToトラベル キャンペーン」は2020年7月22日からスタート。国内旅行を対象に、1人1泊あたり2万円(日帰りの場合は1万円)を上限として旅行代金の50%相当を国が支援する制度で、同年12月まで行われました。

感染者数が増えている中で政府が旅行を促進するのは時期尚早だとする意見もありましたが、アンケートでは国内旅行者の約67%がGoToトラベルキャンペーンを利用したと回答。また、地域共通クーポンの利用実績が多かった都道府県は東京都、北海道、沖縄県、京都府、静岡県とインバウンド率が高かった地域が多く、インバウンド需要蒸発の損失の一部を国内旅行需要で埋めたとの一定の効果を評価する見方もあります。

参照 Go Toトラベル事業における利用実績の推計

インバウンドだけに頼らない持続可能な観光とは

インバウンドだけに頼らない持続可能な観光とは

観光産業は、日本のみならず世界各国でも成長産業として年々重要性が増していますが、人気の観光地へ繁忙期に多数の人が訪れて地域住民との間に軋轢が発生したり、環境が破壊されたりといったオーバーツーリズムも指摘されていました。

さらに休暇が集中する一定の期間だけ有名観光地へ団体で押しかけ、せわしなく物見遊山をして去っていく従来の観光スタイルは3密が形成されやすく、ウィズ・コロナ、アフターコロナの観光としてはふさわしくありません。

コロナウィルス感染症で人の往来が激減した今、「感染対策と観光をどう共存させるか」「アフターコロナの観光をどうするか」「持続可能な観光へどうシフトするか」を世界中の観光業界や自治体が模索しています。

では、私たちはどんな観光スタイルを目指すべきなのでしょうか。

観光庁から発表されたばかりの「令和3年版観光白書」内には、目指すべき観光スタイルが次のような形で提案されています。

  • 1つの地域に滞在し、文化や暮らしを体感しじっくり楽しむ滞在型観光
  • 近隣地域内での観光(いわゆるマイクロツーリズム)
  • 人数・時期・時間帯・場所の集中回避を考慮した分散型旅行
  • 地域物産品のデリバリーと組み合わせた体験型オンラインツアー

参考: 官公庁 令和3年版観光白書について

他にも、テレワークが普及したことによる「ワケーション」型観光、3密回避が可能な屋外を利用したキャンプなどのアウトドア観光など、視点を変えることで新たな観光スタイルが生まれてきています。

旅行需要復活はワクチン接種と感染検査体制にかかっていますが、今後もしばらくは3密を避ける傾向が続くでしょう。観光庁は、感染対策をしながら安心して国内旅行をするためには、「オフシーズン」「近場」「密集しない観光地」「自家用車利用」などが鍵になると指摘しています。

これは、国連世界観光機関(UNWTO)が定義する持続可能な観光ともほぼマッチしています。

「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」

引用元: 国連世界観光機関(UNWTO) 持続可能な観光の定義

最後に

ここ数年日本の観光業はインバウンド重視の色彩が強かったため、インバウンド需要の蒸発で危機に直面している事業者がいることは事実です。

しかし、大事なのは観光客が外国人であっても日本人であっても、一時のお祭りに終わらせず、観光地が持続的に発展する旅行スタイルを提案すること。

コロナ禍で観光需要が低迷している今こそ、未来へ向けての観光を真剣に考え、準備を整える絶好の好機です。

「訪れた人にその土地の魅力を十分に堪能してもらい、何度でも訪問してもらいたい」という観光地の希望と、「何度でも訪れたくなる魅力的な場所に出会いたい」という観光客の希望は、実は根底では一致しています。

いつまでもワクワクして旅を続けられる世界であるために、考え行動すること。サステナブルな観光を目指す取り組みを、WEELSはこれからも発信・応援し続けます。

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