畑を荒らしたり、車との衝突事故を起こすことから、「害獣」として捕獲対象となっている野生のシカ。かつては保護政策によって捕獲数がオスは1日1頭(メスは捕獲禁止)と制限されていましたが、現在は毎年およそ60万頭の野生のシカが駆除されています。
しかし、駆除されたシカがジビエなどに活用されているのは全体でたったの9%。多くのシカが何にも活用されず、そのまま廃棄されているというのが現実です。
今回インタビューさせていただいた渡辺洋平さんは、野生のシカが多く生息する北海道出身。できる限り多くの人たちにシカの魅力を伝え、シカ廃棄ゼロの社会をつくりたいという想いから、「ディアベリー」プロジェクトを立ち上げました。
現在はクラウドファンディングにも挑戦中の渡辺さん。今回のプロジェクトを始めようと思ったきっかけや、シカの魅力、今後のビジョンなどについてたっぷりお話を聞くことができました。
渡辺洋平さんのプロフィール
2001年生まれ。北海道出身。横浜国立大学3年。祖父の死をきっかけに「孫の世代に、よりよい世界を」をモットーに生きることを決意。2020年10月、シカ廃棄問題解決に取り組むディアベリーを立ち上げる。
起業への挫折と祖父の死が全ての始まり
もともと起業志望というのもあり、大学は経営学部。何か自分でビジネスをやりたいと思い、学業と並行してインターンをしながら起業にチャレンジしていました。
しかし、結果的にそのときの挑戦は挫折という結果に終わってしまいました。プロダクトやサービスを生み出すことができず、何もできなかったのです。
そんなタイミングで、ある日、祖父が亡くなってしまいました。コロナウイルスの流行による自粛でたくさん時間があったというのもあり、祖父の死をきっかけに命について深く考えるようになりました。
「どうせ何かやるなら、社会的に意義のあることをやりたい」
そのような想いが日増しに強くなっていき、色々と模索していた中でたどり着いたのが「シカの廃棄問題」でした。
価値に転換して変化を起こせると思えたシカ廃棄問題
最初に起業に挑戦したときは、誰か・何かに貢献しているという実感が得られませんでした。自分が社会に対して何かしらの変化を起こしているということがとても見えにくく、モチベーションが上がらなかったというのも挫折の理由の1つでした。
「自分が行動した結果、社会がよくなったという実感を得たい」
そう考えたときに、世界的に起きている大きな問題に自分が取り掛かるのは違うのかなと。自分が変化を起こせているのかがわからないという、前回と同じ状況に陥ってしまうのではないかと思ったのが正直なところです。
一方で、シカの廃棄問題であれば、野生のシカがたくさんいる環境で育った自分にはより身近なテーマであり、社会へ貢献できるというイメージを描くこともできました。
シカがまだまだ消費者に届いておらず、価値に転換できないまま捨てられている。その事実を若い自分が問題提起し、経営学部で学んできた知識を活かしたり、SNSなどを活用しながら取り組むべきだ。
そんな使命感を次第に感じるようになったのが、「ディアベリー」を立ち上げることになったきっかけです。
シカについてたくさん調べたり、製品に触れたりしていく中で知った魅力がたくさんあります。
例えば、シカ肉の美味しさとヘルシーさ。味わいは牛肉と大変似ており、一般的な国産牛に比べてビタミン・鉄分・タンパク質が多く含まれ、脂質が少ないのが特徴です。技術の高い人が捌いてきちんと血抜きができていれば、臭みも気になりません。
ディアベリーではそのようなたくさんの魅力をできる限り多くの人に届け、シカ廃棄をしない社会をつくろうというミッションを掲げて活動しています。
シカ革の財布を通してシカの魅力を届けたい
ディアベリーという名前は「Deer(シカ)」と「Delivery(届ける)」を組み合わせた造語で、多くの人たちにシカの魅力を届けたいという想いを込めています。
その魅力を伝える手段の1つとして今回開発したのが、シカ革製の財布「思わず触りたくなるシカ革財布Ticket」です。
シカは2メートルもジャンプできるほどの身体能力を持ち、日常的に皮がストレッチされているため、とても柔らかくて伸縮性に優れています。牛革と比べると薄くて軽く、保湿力が高いので手汗や湿気で自然に美しいツヤが出てくるのもシカ革ならではの特徴です。
初めてシカ革に触れたときはその手触りにとても感動しましたし、同時に、シカ革の魅力をしっかり伝えて購入してもらえればビジネスとして成り立つと思いました。
製品としては他の種類のものも色々と考えていましたが、ディアベリーのミッションは「なるべく多くの人にシカの魅力を伝える」こと。であれば人を選ぶような商品ではいけないと思い、多くの人が持っていて日常的に使うものは何だろうと考えた結果行き着いた答えが財布だったのです。
開発の始まりは縫製工場からの「夢を手伝わせてください」
シカ革の調達は、20年前から北海道でシカ革製造を行っている先輩から購入しました。
しかし、シカ革だけあっても自分の力だけでは財布をつくることはできません。そこからは泥臭く、縫製工場に1件1件泥臭くアポ取りを行なっていく日々が始まります。
その中で大阪にある創業70年の縫製工場から、「ディアベリーの夢を手伝わせてください」という返事をもらうことができました。色々と苦労したこともあり、その言葉に胸を打たれ、最終的にその縫製工場にお願いすることに決めました。
ちなみに、財布のデザインは自分でしました。デザイナーに頼もうと思ってはいたのですが、なかなかよいデザイナーを見つけることができなかったのです。
1年間くらいはこのプロダクトのアイデアが出なかったという苦しい時期があり、やっとアイデアが出てきたと思ったらデザイナーが見つからないという状況に陥ってしまいます。
「これでは前回の起業で挫折したときと同じように、何もできずに終わってしまう」
そんな危機感もあったので、今回は自分でデザインしたものを世に出して、まずは行動してみるということにフォーカスすることに決めました。
今は試作品としてつくった財布を毎日使っているのですが、手で触れるたびに「シカ最高!」と心の中で叫んでいます(笑)。そう思えるくらい素晴らしい製品ができたので、どうか多くの人たちの手に届けて魅力を感じて欲しいです。
将来的にはシカの魅力を伝えるメディアに
シカ廃棄問題の現状や、シカの持つ魅力をより多くの人たちに知ってもらうため、今回はクラウドファンディングを活用して財布の製作資金の調達に挑戦しました。ありがたいことに多くの反響と支援をいただき、目標額の2倍を上回る資金を集めることができました。
ただ、オンライン販売だと直接触れることができず、魅力を伝えきれないとも感じています。そこで今回のクラウドファンディングををディアベリーの第一歩として捉え、今後は返品無料が可能なビジネスモデルを構築したり、流通なども考えています。
また今後は財布のようなシカ革製品である程度利益を出せるような仕組みをつくりつつ、シカ肉やその他のシカ商品を置いた丸ごとシカの実店舗を持ちたいと考えています。加えて、シカ肉工場やジビエに関わる事業も視野に入れています。
今のところは「シカを捨てずに利用しましょう」のような、ややネガティブな雰囲気を感じています。そうではなく、お洒落に見せることもできるようなシカならではの特徴がたくさんあり、「シカって最高だね」と言われるような見せ方をしていきたいのが私たちの根底にある考えです。
そういった意味で言えば、プロダクトや店舗、サービスを通してシカの魅力を伝えるメディアになるというのが、ディアベリーの一番大きなミッションなのではないかと思います。
狩猟界隈からは無理だと言われてはいますが、シカの廃棄をいつかゼロにしていきたい。そのためにもしっかり利益を出して、持続可能なものをつくり上げていきたいです。
ディアベリーのクラウドファンディングはこちら:毎年60万頭が殺されてしまうシカの廃棄ゼロに挑戦したい!!
心の支え、そして共に歩むディアベリーのメンバーたち
もともとは一人で始めたプロジェクトでしたが、色々なことが本当に苦しくて(笑)。
そんな状況が続く中、クラウドファンディングが始まる1ヶ月ほどというタイミングで現在のメンバーたちが加入してくれました。
彼らのことを心から信頼しているし、本当に優秀な人たちで、私にとってすごく精神的な支えとなっています。また彼らは客観的な視点から色々な意見をくれるので、発信の仕方や伝え方の部分でもとても助かっています。
今後、どのような形態でビジネスを進めていくかははっきりと決まっていませんが、関わってくれているメンバーたちにお金が入るような仕組みをしっかりつくっていくつもりです。
最後に
今回のインタビューで一番印象に残ったのは、渡辺さんが普段から使っている試作品の財布を、「最高!」と言いながら嬉しそうに語ってくれている姿でした。
ディアベリーのメンバーの1人である広報担当の井原さんも、
「代表はメンバーそれぞれに裁量をくれ、意見もそのまま取り入れてくれる。またミスをしても怒らず、むしろ励ましてくれる。彼の事業にかける情熱を見たり聞いたりしてる中で心を動かされ、ディアベリーに加入しようと決めた」
とのことで、渡辺さんの人望の厚さや、クラウドファンディングに成功したチーム力の強さにとても心を打たれました。
WEELSでは今後もディアベリーの事業展開に注目しながら、渡辺さんとメンバーの皆さまの活動を応援していきたいと思います。
株式会社ハイナス・アンリミテッド代表 兼 WEELS編集長。ライティングやSEO対策を得意とし、日英バイリンガルの英会話トレーナーとしても活動。週末はもっぱらキャンプ。