環境問題への意識が高まる中で、少しずつ耳にするようになってきた「エシカル消費」という言葉。
ニット帽子デザイナーの寺本恭子さんは、業界内にエシカルの認識が無かった頃から製品の元となっている素材が持つ背景に向き合い、「エシカルなモノづくり」の模索・試行錯誤を続けています。
現在はカナダにお住いの寺本さん。今回のインタビューでは、ニット帽子デザイナーになった経緯、オリジナルブランドに込めた思いや開発で苦労したこと、カナダに移住したきっかけや現地での暮らしぶりなどをたっぷり語っていただきました。
ニット帽子デザイナー 寺本恭子さん
私は現在、自ら立ち上げた国産ニット帽子ブランド「ami-tsumuli(アミツムリ)」の下、デザイナーとして活動しています。
幼少の頃から美しいものや、絵画、ファッションに興味を持っており、特に高品質なラグジュアリーファッションの世界観がとても好きでした。
20代で一旦会社員になったのですが、「好きなことに自分の時間を使いたい」という思いを貫くために仕事を辞め、服飾デザインの学校に入ってデザインを勉強。卒業後はオートクチュールのデザイナーのアシスタントをしていました。
転機が訪れたのは1997年、28歳のとき。父の急逝により、母方の祖父が経営していた吉川帽子株式会社という老舗の国産ニット帽子メーカーを継承することになりました。
他のブランドのニット帽子を製作する会社で、生産だけでなく素材やデザインの提案も行っていましたが、「デザインが好き。自分のデザインを形にしたい。」という気持ちが強くなり、2004年にオリジナルブランド「ami-tsumuli(アミツムリ)」を立ち上げることに。パリで行われたプルミエールクラスという合同展示会でデビューしました。
私生活では7年前に日本からカナダに移住し、今は家族とモントリオールに住んでいます。
小さい頃に母親が無農薬の農作物やエコフレンドリーな生活用品を意識していたことから、環境に関心を持って暮らすことに馴染むベースが自分の中にあり、現在は環境とのより良い共生を意識しながら生活しています。
オリジナルブランド「ami-tsumuli(アミツムリ)」とは
オリジナルブランド名の「ami-tsumuli」は、実は日本語から来ています。「ami」はニット帽子にちなんで「編む」。「tsumuli」は「頭」のこと。海外での出展を意識していたこともあり、日本語由来の名前にしました。
「ami-tsumuli」を作ろうと思った目的は2つあります。
1つ目は、大好きなラグジュアリー・モードの世界でデザイナーになるのが夢だったので、その想いを縁があったニット帽子に託すためです。
洋裁の世界とニットの世界は、同じアパレルでありながら、実は知識や技術が共有されていません。私は洋裁の製図やデザインの作り方を学んでいたので、それをニットに応用できないか考えたんです。
たとえば立体感。洋服はダーツを使って立体感を出しますが、ニットは伸びるのでデザインの際に立体感をあまり考えない。そんなニットでもきちんと製図を作って立体的に編むという製法を取り入れたので、構築的で繊細な作りのニット帽子が生まれました。
2つ目は、新しい実験の場にするためです。
吉川帽子株式会社はOEM生産、つまりお客様の製品を作っている立ち位置。作りたいものがあってもクライアントさんがコスト面などで妥協しているのを見てきましたし、そのお手伝いもしてきました。
「本当に作りたいものを、作りたい素材・工法で作ったらどうなるか。」
高級ラインを狙うわけではなくても、妥協しない素材を使う。製作に手がかかる工法でも、デザインを最大限に表現するために職人さんに頑張ってもらう。誰に売るかや、どう売るかを一番には考えない。
クライアントさんの立場ではなかなかできないので、オリジナルブランドの中で、自分たちが代わりに実験しました。
ブランドを立ち上げた2004年当時は、ニット帽子といえばスキーなどカジュアルなシーンで使うもので、高額でも5,000円というのが業界の常識。その中で、ハイヒールでも合わせられるエレガントなニット帽子というアイデアは新しく、バイヤーさんには「高級素材を用いて価格が1万円以上というジャンルを始めて作った」とも言われました。
その後、2013年に「ami-tsumuli」のエシカルラインを立ち上げることになったのですが、それも同じようなチャレンジ。エシカルというコンセプトで作ったらどうなるのか、それを知るための実験の場として新ラインを作りました。
環境に配慮したニット帽子を製作しようと思ったきっかけ
エシカルラインを立ち上げることになったベースには、無意識にですが環境に配慮していた母の影響があったと思っています。
また10年ほど前の話ですが、息子の幼稚園のママ友にヴィーガンの方がいて、初めてヴィーガンの概念を知りました。
その方がウールや動物繊維のものを一切身に着けていないのを見て、「なんでウールもダメなんだろう。毛を刈るだけで羊を殺してはいないのに。なにか理由があるに違いない。」と思いました。
ニット帽子の会社を営んでいたので、ウールには祖父の代からお世話になっています。これは知らないといけないと感じ、そこで初めて色々調べました。
羊は一万年くらい前に人間が山羊を掛け合わせて作り上げたもので、野生の羊はいないということ、またコスト削減・大量生産の時代に、羊がどのように育てられているかということなどを知るきっかけとなりました。
ウールだけに限らず色々な素材のことを調べていくと、動物繊維の問題だけではなく、植物繊維には農薬の問題があるし、化学繊維には生分解性がないものもあります。素材のストーリーの背景は全然知らないことばかりで、とても衝撃を受けました。
一番ショックだったのは、自分が今までそういうことに関心が無かったこと。
高級なものを作っているという自信があり、フェアトレード、つまり職人さんにきちんと対価を払うという認識は持っていました。カシミア糸など、良い素材でのものづくりにも配慮していました。ただ、素材がどう作られているか、そこに対しての認識がぽっかり抜けていたことがとにかくショックだったのです。
ラグジュアリーは贅沢をするもののはずなのに、素材の背景、その素材が生まれた現状を知ってしまったら楽しめない。良い素材と思っていたのに悲しいエネルギーが乗っていた。これは違うのではないか。
そう気がついたことで、本当のラグジュアリーに対する好奇心が湧いてきました。自分が楽しくて、周りも楽しい商品は作れないのか。環境に配慮した素材でつくってみよう、と。
なにをもって「良い品質」と言えるのか。
エシカルなモノづくりは、私にとって究極にラグジュアリーなモノづくりの探求のための手段なのです。
製作にいたるまでの過程や苦労したこと
エシカルラインの製作で苦労したことは大きく2つあります。
まずは周囲からの理解が得られなかったこと。
2013年頃は、業界の中でのエシカルへの認識はないか、あっても「そんなことを考えていたら仕事にならない」と、否定的な意見が多かったのです。
「贅沢=周りを犠牲にすること」
贅沢で環境に配慮することなんてできないと、業界関係者にはっきり「無理です」と言われました。
そのような認識が通例の業界だったので、作ってもそもそもバイヤーさんに興味を持ってもらうことが難しい、もしくは商品を説明しても嫌がられることが多かったです。
次に、いざ作ろうと思っても素材が無いという壁。
ニット業界では業務用の糸は1キロ単位での販売で、人気の糸は糸屋さんが染めて既製品の状態でストックされています。当時は環境に配慮した素材はトレンドではなかったので、気軽に買える糸がありませんでした。
もちろんオーガニックコットンの糸はありましたが、染められていない状態。そのため自分たちで糸を染める必要があったのですが、糸というのは大量に染めないと割高になります。
ウール糸を染める方法は、綿(わた)を染めるのと糸を染めるのの2通り。綿の時に染めると3色ぐらいの綿を撚(よ)るのでいい味が出るのですが、最低発注量は1色およそ150キロ。実験のためにそれほど大量の糸は必要ないし、置く場所もありません。また余らせたら環境に負担がかかり、それこそエシカルではなくなります。
コストを考えるとどうしても糸から染める方法を選択せざるを得なかったのですが、糸は1色でしか染めることができず、グラデーションなどの風合いが出せません。
堂々巡りで、エシカルな製品づくりに見合った素材が手に入らないことに苦労しました。
このようなことは、デザイナーが一人で意気込んでやっても無理。原料を作る人から販売まで、業界では「川上から川下まで」と言いますが、みんなが同じ方向を向いて初めてできるということを痛感しました。
自分にとってのエシカルとは、良いエネルギーを必要としている人に届けること
「エシカルなモノづくりとはどういうことなのか」
エシカルライン製作当初は、このことをよく考えました。
エシカルというのは基準がかなり曖昧で、ここからがエシカル、ここからはエシカルじゃない、という境目がはっきりしていません。
最初のコレクションは限られた糸で作ったのですが、全て同じ糸ではつまらないのでラメ糸を入れてみたのです。すると、化学繊維のラメ糸を一本入れたことで、その商品をエシカルといっていいのかどうかが分からなくなりました。
羊に関してもそうです。オーガニックな育て方をしていても、アニマルフレンドリーの保証はない。なにを基準にエシカルといえるのか、曖昧なことばかりでした。
なにも作らないのが一番エシカルなのだろうか?お洒落で気持ちを上げるのはとてもいいことなので、それではあまりにも寂しい。
エシカル、つまり道徳や倫理は絶対的なものではありません。時代や状況や地域によって変われば、その人の見方や価値観によっても異なってきます。なので、絶対的なエシカルを追うことは難しいんだろうなとやっていくうちに考えるようになりました。
そして気がついたのは、モノは色んな要素が集まってエネルギー体になっている、ということです。
おにぎり1つとっても、子どものためにお母さんが握ったおにぎりとロボットが握ったおにぎりでは、食べた人が受け取るものが異なると思うのです。羊も同じで、可愛がられている羊の毛と虐待された羊の毛では込められているエネルギーが違う。証明はできないのですが、今はそう強く思っています。
オーガニックかどうかということは、エネルギー体の中の1つの要素でしかありません。
ニット帽子であれば、羊がどんな環境で育っているか、毛を刈る人やそれを糸にする業者さんはなにを考えているか、デザイナーである私や帽子を編む職人さんはどんな思いを込めているか、そして販売員さんはどう売っているか。
全てのエネルギーが1つのハーモニーとなり、お客様の元に商品が届いています。
そのエネルギーを必要としている人がきっといて、商品というエネルギー体が届くことでその人が幸せになるかもしれない。私の商品がそのように役立てられたら嬉しいという思いに変わってきました。
素材がこうだから良い、オーガニックだから良い、という要素ではなく、全体として良いエネルギーが詰まった物を作っていきたいと思っています。
モントリオールへ移住後に起きた考えや行動の変化
2013年にエシカルラインを立ち上げた後、2014年にモントリオールに移住したのですが、そこで大きな気づきが2つありました。
1つ目の気づきのルーツは、環境に配慮したモノづくりを意識してエシカルライン立ち上げを準備していた初期の時代に遡ります。
困難が多かったことで、当時はラグジュアリーとエシカル・エコフレンドリーは一緒にできるのだろうかと半信半疑になっていました。絵に描いた餅、綺麗ごとなのではないか。移住前の当時の日本では、エコフレンドリーやオーガニックは意気込まないとできないくらい難しかったというのも背景にあったかと思います。
ところが移住したカナダには多くの国から来た人たちが集まっているため、多様性に溢れ、数多くの選択肢がありました。
エコフレンドリー、オーガニックなものばかり売っている訳ではありませんが、望めば気軽に買える環境。お洒落なオーガニックショップやベジタリアンフードのレストランがたくさんあり、楽しみながら環境に配慮して生きている素敵な人たちをあちこちで見かけました。
カナダに来て日常風景を見た時、「あ、これ、できるじゃん!」と。ラグジュアリーとエシカル・エコフレンドリーは両立可能だという確信が湧きました。
2つ目の気づきは、カナダでのゆったりとした生活の中から生まれました。
以前は自分と環境を分けて考えていて、環境に配慮したものを作らなければならないという意気込みを強く持っていました。自分がいる環境を大切にしなくてはいけないと思っていたのです。
ところが、東京からモントリオールに来て緑に囲まれてゆっくり生活をする中で、自分と環境に境目はないのではないかと考えるようになりました。
流れている水は環境だけど、飲んで体内に入れば自分の一部になる。草も環境だけど、食べたら自分の血となり肉となる。逆に、髪の毛は頭に生えているうちは自分の一部だけれど、落ちたら環境になる。
「私と環境は一緒なんだ」
環境のために自分が我慢をするのではなく、自分の幸せを目指すことが環境の幸せにもなり得る。その思いを極めていくことこそが、環境に配慮して生きていくことになるのだと気がつきました。
今後の展望
エシカル・エコフレンドリーという概念は、その中のなにか1つだけを突き詰めようとすると、近視眼的になり全体を見失ってしまう。そのことを心に留め、これからも複合的に良いエネルギーのものを意識して作っていきたいです。
これまで長く続けてきた中で、ゆっくりですが色々な違和感に気がついてきました。突き詰めようとして、「偽善なのか、作らない方がいいのか」と思った時期もあります。ですが、「モノはエネルギー体なんだ」と思えるようになったあたりから、ようやく自分の中で腑に落ちてきました。
素材が持つ背景についてなにがあるかを調べていたとき、オーガニックコットンの畑や北海道の牧場などの現場も見に行きました。そこで感じたのは、部分だけをみて一概に良い悪いは判断できないということ。みんな理由があってやっているので、良いか悪いかは自分が決めるしかないのです。
良い帽子、皆に評価される素敵な帽子を作るというよりは、いかに総合的に良いものを入れるか。色々なエネルギーを入れられるようなデザイナーになり、結果的に必要とする方に届くようにする。それを手にした方が幸せになる、そんな良い循環を生めるような仕事をしていきたいと思っています。
株式会社ハイナス・アンリミテッド代表 兼 WEELS編集長。ライティングやSEO対策を得意とし、日英バイリンガルの英会話トレーナーとしても活動。週末はもっぱらキャンプ。